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今回は「【主役たち】1996〜1997」と題して、1996年と1997年の2年間にシングルランキングを賑わせてくれたアーティストを振り返ってみます。 ■ランキング登場回数、“TKプロデュース”アーティストが上位独占 1996年と1997年に発表したシングルランキングは計104週でした。そこにランクインしたアーティストを、ランクイン回数別に集計したところ、1位は82回ランクインしたglobeと安室奈美恵が並ぶ結果に。 この2年を振り返れば、やはり小室哲哉による「TKプロデュース」が象徴的と言えるのではないでしょうか。 安室奈美恵が小室哲哉をプロデューサーに迎えたのは、レコード会社を移籍して1995年10月にリリースした「Body Feels EXIT」以降のこと。その後の快進撃をうけ、96年はプロデューサーブームが吹き荒れることになります。 5位には、同じTKプロデュースの華原朋美もしっかりランクイン、Best5のなかで3組がTKプロデュースとなっています。 ■女性の沖縄出身アーティストが活躍 この時期に頭角をあらわしたアーティストの筆頭は4位のPUFFY。デビューシングル「アジアの純真」が発表されたのが1996年5月。この曲、通算25回もランクインするロングヒットとなりました。 同じく1996年にデビューしたのが7位のSPEED。今では、沖縄出身アーティストと言えばORANGE RANGEやモンゴル800、D-51など男性アーティストが主流ですが、当時は安室奈美恵やSPEEDなど女性アーティストが中心でした。 ■シングル売上、僅差ながらMr.Childrenがglobeをおさえトップに 一方、この2年間のシングルセールスを見てみると、トップはMr.Children「名もなき詩」で、258.9万枚という数字を残しています。 ランキングを下の方まで見ていただくとお分かりの通り、100万枚を突破した作品はこの2年間で47タイトルにものぼります。 100万枚を超えるシングルヒット曲がほとんど出ない今から考えると、ミリオン突破作品が量産されていた当時の勢い、凄さが際だちます。 【関連ページ】 −1996年 年間シングルBest50 −1997年 年間シングルBest50 ◇シングルランキング登場回数Best30
※集計上の注意事項 アーティストの集計にあたっては、カラオ独自の分類基準を適用した都合上、「V6」と「V6/Coming Century」、「嵐」と「アラシ」など、表記が異なる同一アーティストを別々に集計しております。あらかじめ御了承ください。 |
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